戦前にアメリカでつくられた産業フィルムで、主婦がロボットに家事をまかせるという内容のものがあります。
これは、結局、家電がロボットと同じ働きをしているという結末になっています。
ロボットを生み出すことへの夢は、労働の機械化への夢でした。
したがって、家庭内の機械化ということも、家庭内のロボット化と考えられたのです。
モーターを組み込んだ家電が、いわば筋肉労働を代用するロボットだとすれば、今日のマイコンを組み込んだ家電は、単純ではあるが神経の働きを代用するロボットになりつつあるということでしょう。
エアコンや全自動洗濯機など、わたしたちは、無数のマイコン、いや無数のロボットに囲まれて生活しているということです。
そして、もちろん、現在では産業用ロボットが、工場の申で労働している風景は、日常的なものになりました。
しかし、現在のマイコンを組み込んだ家電も産業用ロボットも、人間の形態をしていません。
かつて、夢見られたロボットは、人間の形態をしていました。
それは、人間の代用物と考えられたからでしょう。
あの可愛らしい鉄腕アトムもやはり、人間の子どもの代用物としてつくられたものでした。
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