日本でシャープペンシルが製造されるようになったのは、やはり石井研堂によると大正期のことだといいます。
「体裁の好きと、其心墨の鋭き為めに、墨付きが好くして削る手数なきとに因りて大いに流行を来たし同(大正)十一年末には、東京と大阪を合わせて、模造工場百数軒に上り、従って粗製濫造甚だしく、大いにその品位を堕せり」
とあります。
これにより、大正期に日本ではシャープペンシルが大変流行したことがわかります。
百数軒もシャープペンシルの工場があったらしいのですが、その中のひとつに早川徳次郎の工場もありました。
早川氏の工場は東京の本所区におかれていました。
早川氏は発明の才能があったらしく、1923年までに48種類のシャープペンシルをつくったのです。
万年カレンダーを入れたものや、体温計を仕込んだものなど、かなりガジェット的なものをたくさん作っています。
しかし、関東大震災で被災し、そうしたシャープペンシルの特許を渡してしまったそうです。
その後、早川氏は電気製品の製造をすることになりましたが、早川電気は「シャープ」の名を現在も残しています。
当時のシャープペンシルの芯は合成樹脂芯(1960年、日本で開発)ではなかったので、0.9mmと太かったのです。
現在でも、速記などにこの太さの芯を使う人がいます。